最高裁判所第三小法廷 昭和53年(行ツ)86号 判決 1980年7月01日
上告人
久保一清
右訴訟代理人
木ノ宮圭造
滝井繁男
仲田隆明
被上告人
国
右代表者法務大臣
倉石忠雄
右指定代理人
山田雅夫
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人木ノ宮圭造、同滝井繁男、同仲田隆明の上告理由第一点について
相続税法三四条一項は、相続人又は受遺者(以下「相続人等」という。)が二人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈に因り受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させている。この連帯納付義務は、同法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であつて、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではないと解するのが相当である。それ故、相続人等の固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収にあたる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収手続を行うことが許されるものといわなければならない。これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
私は、所論、特に上告理由第一点の一五ないし一七及び二四にかんがみ若干の私見を補足しておきたい。
所論は、要するに、相続税法三四条一項の規定により他の相続人等の固有の相続税納税義務について連帯納付義務を負う相続人等は、税務当局による賦課課税方式に則つた手続がされない限り、納付すべき金額、納付期限、納付場所、納付額の限度、更正・決定の有無等その具体的内容を実際上容易かつ確実に知ることができない筈であることを理由として原審の判断を非難するものと解される。たしかに、相続人等の事情は一様ではないから、個々の具体的事案に即して考えてみると、場合によつては、連帯納付義務者に対し通常の申告納税方式による課税の一場合としての徴税手続をそのまま行うことが、その者に不意打ちの感を与えることを免れなかつたり、納付すべき額その他の具体的な納付義務の内容の不明確によりその者を困惑させるような事態になることがないわけではないと考えられる。しかしながら、そのこと自体は、確定した租税の徴収手続に関して生ずる問題であつて、税額の確定手続に関する問題ではないと解すべきである。したがつて、右のような不意打ちの感を与えたり困惑させる事態を生ずるおそれがあることを理由として、連帯納付義務について、国税の確定手続に関する規定である国税通則法一五条、一六条の適用があると主張する所論は採用することができない。
もとより、租税の徴収の手続において、納付義務者に不意打ちの感を与えたりその者を困惑させる事態を生ずることのないよう配慮することが望ましいといつてよい。この点について国税通則法制定前の国税徴収法四二条は、一般的に納税の告知の規定をおいていたが、同条を承継した国税通則法三六条一項は納税の告知を要する場合を列記しており、それは制限的な列挙と考えられるから、相続税法三四条一項による連帯納付義務については国税通則法三六条一項を適用する余地はないし、また、この連帯納付義務は保証人の納付義務と類似したところもあるが、その性質を異にするものであるから、同法五二条二項の規定の類推適用を考慮することも困難であると解される。このように連帯納付義務について納税の告知を要しないとする立法態度は、賢明なものとはいえないが、連帯納付義務者は、自己の納付すべき金額等を知りえないわけではないから、納税の告知がないからといつてその徴収手続が違法となるものではないと考えられる。
(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)
上告代理人木ノ宮圭造、同滝井繁男、同仲田隆明の上告理由
第一点 原判決は、相続税法第三四条一項、国税通則法第一五・一六条の解釈を誤つている。
一、原判決は、相続税法第三四条第一項が、同法の法文の構成、配列よりみて、相続税債務の確定した後に於ける納付についての規定、すなわち徴収に関する規定であるとし、法は同項による連帯納付義務について本来の相続税納付義務と別個に税額確定手続を予想していないといい、相続税が被相続人の蓄積した財産に着目して課される租税で、被相続人の一生の租税負担の清算という面を持つているから、共同相続人に、相続により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、民法上の連帯保証類似の連帯納付義務を負わせることは不合理不公平でないとし、しかるが故に、右連帯納付の義務は相続税徴収の確保を図るため、共同相続人無資力の者があることに備え、他の共同相続人に課した特別の履行責任であつて、その義務履行の前提条件をなす租税債権債務関係の確定は、他の相続人の本来の納税義務の確定という事実に照応してその都度法律上当然に生じるという。
二、しかし乍ら、右判断は誤つている。
先ず、相続税法第三四条第一項が同法の構成配列上、相続税債務の確定した後に於ける納付についての規定であるというのは全くの独断である。成程右第三四条第一項は、同法第四章申告及び納付の章中、第三三条納付の条の次に位置する。ところが、第三四条の次の第三五条は更生および決定という税額確定に関する規定であり、第五五条にも未分割遺産に対する課税の条に税額確定に関する規定があつて、法文上、第三四条第一項が、第三三条の納付の条の次にあるという法文上の位置からだけでは何ら相続税債務の確定した後に於ける納付に関する規定であるとする根拠とはならないのである。
三、原判決が前記の如く判断したのは、被上告人が相続税法第三四条第一項をもつて賦課権に関する規定でなく、徴収権に関する規定であるとし、税額確定に関する国税通則法第一五・一六条はすなわち賦課権に関する規定であるから、徴収権に関する規定である右連帯納税義務につき適用の余地がないといつているのに引きづられたものである。
講学上賦課税とは租税債権の具体的確定をなす権利であり、徴収権はすでに具体的内容の確定した租税債権を収納し、請求し、収納をはかることができる権利であるが(田中二郎、租税法一六六ページ)、実は、租税債権の具体的確定は、納付すべき税額の確認の外、納付期限および納付場所が定まらなければ十分とはいえない。納付期限および納付場所は、現在殆んど法定されているので、租税債権の確定はすなわち税額の確定と同一視されているが、理論上は上告人の主張するところが正しいのである。
相続税法第三三条は、申告により具体的に確定した相続税額に相当する相続税の納付期限を法定するものであつて、実に、租税債権の具体的確定の一要素である納付期限を定める点に於て賦課権に関する規定といつてもよいのである。
国税通則法第三章は、国税の納付及び徴収と題し、同章で、同法第三三・三四条に規定する納付に関する事項を、第三六条以下の国税の徴収の節と共に一括しているけれども、明らかに、右納付に関する事項は、第二節国税の徴収の節下の徴収に関する事項と区別しているのであつて、実定法上納付に関する事項をもつて、徴収権に関する事項といいきつてしまうことはできない。
以上の通りであるから、原判決が相続税法の配列構成上の位置から第三四条第一項をもつて徴収権に関する規定であると即断したのは誤りである。
四、次に、原判決が、相続税には被相続人の一生の税負担の清算という面があることを根拠に、共同相続人に対して相続税連帯納税義務を負わせたものであるから、共同相続人の一人につき税額が確定すれば、連帯の効力により他の相続人がその都度連帯納付義務を具体的に負うのだというのは、理解に苦しむ。
五、共同相続人に連帯納税義務を負わせるかどうかは、専ら立法政策の問題ではあるが、相続課税体系として遺産税方式の下での連帯納税義務と遺産取得税方式の下でのそれとでは、自ずから連帯納税を義務付ける根拠が異なる。
遺産方式は、被相続人の遺産そのものに対して課税するという考え方であるから、共同相続人は、遺産そのものがすでに負担する、相続税債務の共同承継人として、全体として一個の相続税債務を承継するのである。(因みに、遺産税方式をとる英・米においては、相続税納税義務者は遺産管理人である)この場合には共同相続人が連帯して相続税納税義務を負うとしても自然的である。
六、しかし乍ら、遺産取得税方式は、各相続人が取得した遺産を課税物件とするものであるから、各相続人毎に固有の相続税納税義務が成立し、事件として一個の相続であつても、数人の相続人があれば、相続税は各相続人毎に一個ずつ成立し、相続税は全体として、数個の相続税が併存する関係に立つ。この場合に於て、各相続人が、他の相続人固有の相続税について、自己が承継した相続利益を限度として、連帯納付責任を負うのは、他人の納税義務の履行について、法が特に負担させた特別の義務ということになる。
本件において問題となる相続税法(昭和二五年第七三号以下現行相続税法という)は、昭和二二年法律第八七号(以下旧相続税法という)、明治三八年法律第一〇号(以下旧々相続税法)が、遺産課税方式をとるのと異なり、遺産取得税方式を採用しているのであつて、この点は、特に現行相続税法制定時のいわゆるシャウプ方式(納税者が一生を通じて無償で取得する財産を課税標準とする)に顕著であるが、制定後の改正を考慮しても、例えば、無制限納税義務を遺産取得者の住所地が法施行地にあることにより決し(相続税法第一条第一号)、また、各納税義務者が各自の住所を所轄する税務署長に対して申告書を提出するのを本則とする点(相続税法第二七条第一項、第六二条第一項、ただし相続税法附則第三項が当分の間被相続人の死亡時の住所地をもつて納税地としているけれども、相続人全員が一枚の申告書を共同して提出するのは、納税者の便宜であつて義務ではなく、あくまで各自各別申告が法の建前である)等に表われている。因みに、遺産課税方式の場合は、被相続人の住所地が法施行地内にあることにより無制限納税義務を定め、また、共同相続人の一人に対し賦課決定をすれば足るとしたり、共同相続人に連帯して申告する義務を課したりするのが通例である(旧相続税法第二条、第三八条第二項等参照)。
相続税法第三四条第一項の連帯納付義務は、他人が本来納付義務を負う相続税を、別人が納付する特別の義務であつて、この様な特別の義務は、遺産税方式の場合の様に、遺産がすでに負担する相続税債務を、共同的に承継したことによる、当然の負担として構成することはできないのである。原判決が相続税をもつて、被相続人の蓄積した財産に着目して課される租税であるとして、ここに連帯納税義務の成立根拠を説くのは、現行相続税をもつて、遺産税方式によるものとするのであつて首肯できない。
七、結局、遺産取得税方式をとる相続税法の、第三四条第二項の連帯納付義務について、相続税課税の財政々策的根拠から説明できることは、その立法理由だけに過ぎず、具体的な租税債務の確定という手続的事項を結論づける根拠とするには甚だ不十分である。租税債務の確定については、実定法につき具体的に検討しなければならない。
原判決はこの点につき理解を欠いている。
八、租税債権債務関係は、特定の租税債権者と特定の租税債務者との間に成立するが、抽象的にこの関係が成立しても、租税債権債務の内容が具体的に確定しない限り、租税債務者がこれを納付し、租税債権者がこれを収納し、若しくは納付を請求し、また徴収することができない。
租税債権債務の確定は、第一に納付すべき税額の確認であるが、租税債権者(申告納税方式の場合は、先づ租税債務者)が、課税要件を把握し、当該債権の数額を具体的に確認して、これを租税債権債務関係の相手方当事者すなわち、通常は租税債務者(申告納税方式の場合は租税債権者)に対し通知することによつて確定する。租税債権者が行なうこの確定は、その租税債務者を相手とする準行政行為であつて、確認行為に分類されるべきものである。
九、租税債権債務関係が抽象的に成立し、租税債権者に於て課税要件を把握し、税額を確認しても、当の租税債務者が、納付すべき具体的税額を知らなければ、これを納付することができない。
実定法上、税額確定のための手続(租税債権者の租税債務者に対する確認行為、若しくは租税債務者の租税債権者に対する申告)を要せず、納税義務の成立と同時に納付すべき税額が確定するとされるものもあるけれども(国税通則法第一五条第三項列挙のもの)、この場合でも、所得税予定納税額については、税務署長が予定納税額等を通知するのであり(所得税法第一〇六条)、他は租税債務者が第一次的に課税要件を把握し、自から納付すべき税額を確認しているのであつて、ただ租税債権者に対し確定手続をとる必要がないだけである。
しかし、それでも租税債務者は納付に際して租税債権者に対し税額を知らせることにより、実はこの税額から租税債権者は容易に課税標準を知ることができるのであり、実際上確定手続をとつたのと同然の結果となるのである。しかも、租税債務者が任意に正当な税額を納付しなかつた場合には、租税債権者は、国税通則法第三六条により、税額、納付期限および納付場所を示した納税の告知をして請求することになつているから、結局のところ、実定法上納税義務の成立と同時に納付すべき税額が確定する国税といえども、実質的には当事者の一方による税額の確認と相手方に対する通知が行なわれているといえるのである(国税通則法第三六条第一項)。
なお、申告納税方式による印紙税についても、実質上右の理論があてはまる(印紙税法第二〇条)。
一〇、相続税法第三四条第一項による相続税連帯納税義務(以下この義務を本件連帯納付責任という)ある者は、その者の相続税を納付する義務を負う者ではなく、第三者である共同相続人の相続税を納付する責任を負う者であるから、国税徴収法第二条第六号にいう納税者に該当するかどうか疑問がないでもない。蓋し、同号により納税者は、国税を納める義務がある者であるが、同号乃至第九号を読むと国税を納める義務とは納税者自身が自己固有の国税を納める義務を指す様に見え、国税とは同条第一号により、国が課する税であるから、国が課する税を納める義務とは、本来の固有の税を納める義務と読めてしまうのである。また、第二次納税義務者は、納税者の国税を納付する義務ある者、保証人は納税者の国税の納付について保証した者といずれも、納税者の定義と並び定義され、第三者である納税者の納税義務の履行債務を負わされる者として、本来の納税者と区別されているのであつて、納税者とはあくまで自己が本来納付すべき国税を納付する義務を負う者と考えることができる。
若しそうだとすれば、本件連帯納付責任を負う者は納税者に該当せず、従つて、同条第九号の滞納者にも該当せず、つまるところ、滞納者若しくは納税者に対してこそ初めてなし得る同法第五章による滞納処分も、本件連帯納付責任者に対してこれをなすに由ないこととなる。
この点は、上告人が第一審に於て主張したところであるが、同法第四七条第三項が、第二次納税義務者および保証人に対しても滞納処分の規定が適用されることを当然の前提にしていることを考えると、同法第二条第六号にいう国税に関する法律の規定により国税を納める義務ある者すなわち納税者の中にひろく第二次納税義務者や保証人も含まれることとなり、ひいては、本件連帯納付責任ある者もかかる者として国税徴収法上の納税者であるといわざるを得ない。
一一、次に、国税通則法第二条第五号は、同法上の納税者から第二次納税義務者および国税の保証人を除外しているが、ここに納税者は国税に関する法律の規定により国税を納める義務がある者であつて、国税徴収法上の納税者と同様であり、前項同様国税通則法上本件連帯納付責任ある者も納税者に該当する。
一二、国税通則法第一五・一六条は、納税義務が成立する場合に、成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税を除いて、申告納税方式によるか、賦課課税方式によつて納付税額が具体的に確定されるとする。
そして、相続税連帯納付責任は、同法第一五条第三項に列挙される。納税義務の成立即税額確定の国税に該当せず、かつ次項にみるとおり申告納税方式による国税に該当しないから申告納税方式による国税以外の国税として、同第一六条第二項第二号により賦課々税方式によつて税額が確定される国税ということになる。
一三、さて、本件連帯納付責任が、申告納税方式により納付税額が確定するかの点について考えるに、申告納税方式により確定すべき国税は、納税者が国税に関する法律の規定により納付すべき税額を申告すべきものとされている国税に限られる(同法第一六条第二項第一号)のであるが、固有の相続税納付義務とは別個の納税義務としての本件連帯納付責任については、納付すべき税額を申告すべきものとしている法律の規定は存しい。
相続税法第二七条第一項は相続税の申告について規定しているが、同項は、その者に係る相続税額がないときは他の共同相続人に係る相続税額が存するときでも、申告書を提出する必要がないとしているのであつて、このことは同項が自己固有の相続税の申告に関する規定であつて、本件連帯納付責任を負う者としての納税者の申告を義務づける規定でないことを示しているのである。
そして、本件連帯納付責任ある者も、国税通則法上、国税徴収法上の納税者であることは前記のとおりであるから、かかる納税者に対する税額確定の方式は賦課課税方式以外にないことになるのである。
一四、なお、国税通則法上の納税者でない第二次納税義務者および保証人に対しては、同法第一五・一六条による税額確定手続がないけれども、国税徴収法上納税者であり、従つて滞納者となり得て滞納処分を受けるのであつて、当然のことながら税額確定手続が措置されており、前者につき、国税徴収法第三二条第一項により、後者につき国税通則法第五二条第二項による納付通知書をもつてする告知がこれにあたり、前記第八項で述べた租税債権債務の確定という効果を持つことに疑問の余地はない。立法論としては、本件連帯納付責任について、右の様な告知手続を置く方が合理的といえるかもしれない。
一五 さて更に、仮に、本件連帯納付責任について、他の共同相続人の相続税額確定の都度、具体的に納付すべき税額が確定するとすると、当の連帯納付責任者が全く知らない間に税額が確定することになるが、それでは、その税額相当の金額を納付しようにも金額が不明だから納付のしようがない。また、他の共同相続人の相続税額が更正若しくは決定により確定した場合には、本件連帯納付責任ある者は、更正または決定の通知書の発せられた日から起算される納付期限をも知ることができないし、また納付場所もわからない。
一六 更に、本件連帯納付責任は、相続により受けた利益の価額に相当する金額を限度とするものであるが、この価額は、遺産分割や遺贈の有無、効力、相続財産の範囲、取得財産の内容、評価および相続債務の金額および評価並びに承継範囲について、相続税法の指示するところに従つて判断しなければならないが、必ずしも単純かつ一義的に決められるものではなく、共同相続人間で一致する保証はない。
一七 前述した、納税義務が成立すると同時に、税額が確定するとされる国税にあつては、課税標準が客観的に明確であつて、税額の確認が容易且つ一義的に決することができるものであるため、取敢えず納税者が自ら確認するところにより、納付させるわけであるが、なお、税務署長は納付の際その他の機会により必ず、確認の内容を容易く知ることができ、チェックするのである。
ところが、本件連帯納付責任ある者が納付すべき税額を確認するには、第一に共同相続人の納付すべき相続税額を、第二に自己が相続により受けた利益の価額を知らなければならないのに、本件連帯納付責任ある者には、制度上常に必ずしも共同相続人の納付すべき税額を知る機会が与えられていない。
また、受けた利益の価額を、相続人が何人であるか、遺産と相続債務を具体的に調査し、評価し、遺産を分割をなす等して、分割や遺産の範囲につき争いあるときは、自己の責任をもつて、その価額を確認するわけであるが、かかる簡明にはできない納税すべき税額の確認について、法が、納税義務成立と同時に当然確定するものとしているとは、到底解することはできないのである。
一八 現行相続税法は、昭和二五年四月一日の施行当初から、共同相続人の連帯納税義務を定める第三四条第一項を有しており、施行後若干の改正があるが、相続により受けた利益の価額に相当する金額を限度とする相続税連帯納付義務という基本要件には変更がなく、今日に至つている。
ところで、現行相続法施行後、税額確定手続に関しては、明治三〇年法律第二〇号国税徴収法(以下旧国税徴収法という)が昭和三四年一一月末日まで、昭和三五年一月一日からは昭和三四年法律第一四七号国税徴収法(以下新国税徴収法という)が、そして、昭和三七年四月一日からは国税通則法と同法施行により改正された右国税徴収法(以下現行国税徴収法という)が適用されており、その間本件連帯納付責任について如何なる税額確定手続が採られているかをみると、上告人の主張の正当なる所以が明らかになる。
一九 さて、旧国税徴収法第六条は、「国税ヲ徴収セムトスルトキハ収税官ハ納税人ニ対シ其ノ納金額、納期日乃納付場所ヲ指定シ之ヲ告知スベシ」と規定するが、この「納税告知は、徴収決定した税額の通知及び当該税額の履行の請求の性質を有するものであるから、納税告知によつて税額が確定し、且つ、具体的に納期限が定まるものである(旧国税徴収法遂条通達集第六条関係十)」のであつて、税額確定の効力を有する行政処分であると同時に当該税額の履行請求の性質を有する。しかし、申告納税制度の下で、税額の確定が申告書の提出乃至更正、決定手続に委ねられた場合には、その限りで納税告知の持つ税額確定行為の性質は失なわれ、単なる履行請求行為となる(小林次男国税徴収法精解六七頁、なお右通達但し書)。
ところで、旧国税徴収法下で、現行相続税法三四条第一項の連帯納付責任を徴収しようとする場合に、収官税吏は、当の納付責任者に対し、旧国税徴収法第六条に基づき徴収しようとする税額、納期及び納付場所を指定した告知書を発していたのであるが、この場合の告知は、本件連帯納付責任を負う者に対する税額確定行為の性質効力を有することは明らかである。
二〇 次に、国税通則法施行前の新国税徴収法には、第四二条が「国税を徴収しようとするときは、税務署長は、納税者(第二次納税義務者及び保証人を除く。以下この節において同じ)に対し、政令で定めるところにより、その納付すべき金額、納期限および納付場所を指定して納税の告知をしなければならない。」と定めて、旧国税徴収法第六条の規定を受け継いでいる。この場合においても、相続税法第三四条第一項による連帯納付責任者に対して前項同様納税告知処分がなされたが、その性質効力は、納額確定兼請求行為であつた(基本通達、第四二条関係十三参照)。
二一 国税通則法の制定により、税額確定手続が整備されて、納税義務成立と同時に税額が確定するものは除き、申告納税方式による国税以外の国税はすべて賦課課税方式をとることとなつた。その結果、従来納税告知が持つた税額確定の効力は、不必要となり、同条は削除されて、国税通則法第三六条に、履行の請求としての効力しかない納税の告知の条が設けられた。従来、納税告知によつて税額確定をしていた国税を、すべて国税通則法による賦課課税方式によることとしたものである。そうすると、それまで納税告知によつて税額の確定がなされていた、本件相続税連帯納付責任については、爾後、賦課課税方式によりその税額の確定が必要だということになる。
二二 なお、国税通則法施行下における相続税法第三四条の連帯納付義務の徴収手続についての、国税庁の取り扱い(国税通則関係通達、第八条関係部分)をみると、甚だ矛盾しているが、上告人と見解を同じくするものといえなくもない。
すなわち、徴収手続は、相続税の申告が共同してなされた者および更正、決定が同時になされた者を除いて、連帯納付義務ある者に対して、その基因となる相続税の納税地を所轄する税務署長が、納税の告知および督足をすることによつて行なうという(右通達第八条関係4)。ところが、納税の告知は、国税通則法上は、賦課課税方式による国税を徴収しようとするときになされたものであつて(同法第三六条)、申告納税方式による国税の徴収手続上あり得ないのである。国税庁は、実に相続税法第三四条の連帯納付義務をもつて賦課課税方式により税額が確定する国税とみているものといわざるを得ない。
右通達は、共同で申告された場合、若しくは同時に更正、決定がされた場合については、告知を必要としないとしている様にも見えるが、国税に関する法律の特定の規定による国税を納付する義務の、税額確定方式は、申告納税方式が賦課課税方式かのいずれか一方であるから、このことは外見に過ぎず、結局、国税庁も賦課課税方式によるとの解釈をとつていることにはなるのではなかろうか。
また、本連帯納付責任ある者の住所地が固有の相続税納税地外にある場合に右住所地を所轄する税務署長が督促および引続く滞納処分を行なうことができるかの点も疑問がある。国税庁は、相続税法第三四条第一項の連帯納税義務についてよく究めていない様に思える。
二三、相続税法第三四条第一項による共同相続人の連帯納付義務が、固有の納税義務と連帯関係に立つのか、不真正連帯関係に立つのかについては、本件訴訟上争いがあり、上告人は不真正連帯税をとるのであるが、国税庁も、実は不真正連帯税をとつているのである(例えば、同庁税務大学昭和四五年度本科教材、国税通則法一九一頁)。
しかし、仮に、真正の連帯関係にあるとして、国税通則法第八条により、民法第四三二条から四三四条まで、第四三七条および第四三九条から第四四四条までの規定が準用されるとしても、申告にもせよ、更正、決定通知書の受送達にもせよ、固有の納税義務についての税額確定行為は、連帯債務関係に於ける絶対的効力の生じる事由である請求その他のいずれにも該当しないことが明白である。
従つて、国税の連帯納付義務について、民法の連帯債務の効力等の規定を準用する国税通則法第八条をひく等して、連帯関係にあることを理由に、固有の納税義務者に対する税額確定の効力が、本件連帯納付責任ある者に当然及ぶとする被上告人の主張はとることができない。
二四 若しも、本件連帯納付責任が他の相続人の相続税額の確定により、当然に確定するとし、また、固有の納税義務と真正の連帯関係にあると解釈すると、納税者側に次のような不都合が生じ、徴税上は甚だ便宜であろうが、国民としては耐えがたいものである。
その一は、本件連帯納付責任者は、自己の責任税額の確認をすることも、任意に納付する機会もなしに、かつ督促(請求の一種として固有の納税義務者に対する督促の効力が及ぶから)を受けることもなしに、いきなり徴収職員によつて財産を差押えられることが起こり得る。
第二に、本件連帯納付責任については、固有の相続税納税義務について認められる、物納、延納の制度の利益も受けることができないのも不合理である。
第三に、共同相続人中、自分の知らない養子や包括受遺者等が相談もなしに相続税の申告をし、あるいは徒らに脱税をはかつて更正、決定を受け、重加算税を賦課されたりした場合に確定する税額について、当然に連帯納付責任を負うという極めて不合理なことが起りうる。
また第四に、本件連帯納付責任については、税額確定手続自体を争うことができず、滞納処分の段階で、先行の賦課処分、しかも他人に対する処分を争わなければならなくなり、滞納処分が先行の賦課処分の瑕疵を承継しないというすでに定着した理論に反する例外を認めざるを得なくなる。
これらの不合理は、本件連帯納付責任を、本来の相続税納税義務と峻別し、実定法上、一個独立の国税に関する法律の規定により国税を納める義務(国税通則法第二条第五号、国税徴収法第二条第六号)と構成し、税額確定手続を置くこととし、すでに述べた取扱いをすることによつてすべて解消する。
而うして、本件連帯納付責任について賦課決定通知をなすことは、一挙手一投足の労に過ぎないのである。
二五 結局のところ、原判決は、国税通則法第一五条、一六条の適用により、賦課課税方式により納付すべき税額が確定する納税義務である相続税法第三四条第一項の規定による連帯納付義務を、そうでないものと誤つて判断した。
第二点 <省略>